平成20年3月1日から労働契約法、さらに4月1日から改正パート労働法が施行される。前者の労働契約法は永年その必要性が叫ばれていたもので、労働基準法を労働刑法とすれば、労働契約法は労働民法にあたる。従来、労働民事トラブルの解決は裁判に拠ることが多かったが、裁判の特性上、結果の予測可能性が低いため、一般論(民事ルール)として判例法理をある程度明文化したのである。当初案より大分削減されて全19条しかない小さな法律でのスタートとなったが、今後充実されていくのは確実である。
さて、この背景には労働トラブルの急増があると言われているが、統計を見る限り、労働組合を主体とした集団での紛争が減少する代わりに個人の紛争案件が増加している。昔から個別労働トラブルはなかったわけではないが、弊グループが過去40年間でのべ1千件に近い労務関与させていただいてきた中で労働裁判事例は1件しかなかった。他は労働基準法マターでの解決や自然消滅がほとんどで、民事紛争にまでは至っていない。しかしこの2年ほど、ADR(裁判外紛争解決手続)でのあっせん事案は月1件のペースで出てきており、中には労働審判に発展するものもある。この原因は、労働者が不当だと思ったことを我慢せず、使用者を公的な話し合いのテーブルに着かせる環境が整備されてきたことにあると思われる。労働トラブルが増えたからそのような機関や制度が出来たのか、機関が出来たから増えたのか議論があるところだが、この底流には労使関係の変化、さらに言えば労働観の変化がある。もちろん多くの企業ではまだまだ労使関係はそれほどドライなものになっていないが、少数のオピニオンリーダーとも言える労働者が権利主張や不当取り扱いにキチンと声を上げ、それを社会が容認する流れが出来つつある。現実には意趣返しのような事案もあるため、表面的には使用者にとって厄介な世の中になってきたが、しかし、労使関係は確実に変化しつつある。これは昔から叫ばれてはいたが、やっと多くの人の目に見える形で多くの企業で変化が起こり始めた(予想より遅かった感じがするが)。この変化のキーワードは「個」と「ワークライフバランス」。この新しい流れに企業はどう対応すべきか。これは根源的な議論にもつながることであるが、企業というのは社会と人々(最も重視すべき人々とはその企業で働く従業員である)の幸福や成長のために存在する、というところに行き着くのだろう。このためには、コンプライアンスを含む労務管理分野の整備は言うまでもなく、人事管理の分野においても「個」に対応できる人事制度、働き方の自由(選択)との天秤で自己責任を問う真の能力主義や成果主義、そして何より「人中心」の経営発想が求められてくる。
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