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仕事でもしミスを犯した場合、人はそれを隠そうとするのかもしれません。しかし、それを踏みとどまり、自白できるかどうか?が信頼できる人かどうかの分かれ目です。 |
顧客A社は永年付き合いのある建設会社に高層賃貸マンションの建設発注を
行なった。工事は順調に進み、A社の社長も満足していた。
ところが工事の中盤に差し掛かった時点で、施工ミスがあったとの「自白」
が建設会社から寄せられた。構造設計図面で、あるはずの鉄筋が一部欠けてい
たと言うのだ。
建設会社の幹部が続けて言うには「外から見ても内部構造は全く解らないの
で耐震強度基準を満たす前提での補強工事を行い隠しておこうと考えたが、当
社の社長が施主に事実をありのまま説明し、解体してやり直すか、設計変更で
対応させてもらうか相談してきなさい」とのことであった。
当然、建設会社のコストは跳ね上がるし、変更による施主の耐震強度不安も
解消しなければならない。永年の信頼関係も失うかもしれない。しかし、ここ
で建設会社が事実を隠したなら、社員は今後も同様のことをするだろう。
様々な業界で不祥事が報道され、そのたび毎に規制強化や法令遵守が叫ばれ
る。「なにもそこまでしなくても」とか、「時代に逆行する」との声もあるが、
だからルールに違反しても良いということではないはずだ。
「真実についての自白」は、理屈はその通り、しかし現実は簡単ではない…
という議論もあるだろうが、「自白」から得られる「信頼」以上の産物もない
と思いたい。
他山の石としたい。
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