実は、この判断は私だけのものではありませんでした。数年前、ある方が父に「何故息子さんを継がせなかったのですか?」と尋ねられました。その時の答えは「店を継がせて息子を幸せにできるか自信がもてませんでした」でした。
旭化成という会社があります。元々は化学繊維(化繊)メーカーであることは周知の通りですが、現在(2006年度)の年商1.6兆円の内、繊維事業の売上高は約1,000億円、わずか6%強でしかありません。もし仮に旭化成が化繊という“事業”に執着し続けていたら、現在のような成長はなかったでしょう。それどころか存亡の危機にあったかもしれません。当時の父と私が感じていた危機感、ないしは不安感はこんなところにあったように思います。しかし化繊という“事業”にこだわることなく、時代の変化に適合した“事業”に果敢にチャレンジしていった旭化成のように、新たな素晴らしい魅力的な“事業”を追求していくことができたならば、私の実家も大きな成長を実現できたのかもしれません。要するに父も私も、“事業”に対する見識と“継ぐ”べきものを捉え違えていたように思います。
かつて「一事業の寿命は三十年」と言われていました。バブル崩壊後のそれは「十年」とまで言われます。江戸時代は百年だったのでしょうか?いずれにしろ一事業の寿命は年々短縮しています。「誰」も「何」も「方法」も、企業を取り巻く全ての要因の変化のスピードは格段に速まって来ています。今の事業をそのまま引き継ぐと考えれば、引き継いだ途端に寿命を迎えることになりかねません。事業を引き継ぐことが承継ではないのです。
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