さて前回お伝えした恐怖心、一般の社員が新たに入社してきても生じることはありません。社長の肝煎りでいきなり幹部として入社してくる場合もあり得ますが、後継者の場合ほどではありません。後継者限定と言っても過言ではないのです。何故なのでしょうか。
それは後継者が将来持つことになる「社長としての権力」に起因します。即ち「殺生与奪の権」という社長しか持ち得ない絶対権力が恐怖心を生んでいるのです。生かす(採用する、登用する)も殺す(解雇する、干す)も、与える(役職や報酬)も奪う(降格や減俸)も社長の胸一つ、これほどの恐怖の対象はありません。織田信長の言葉に「臆病者の目には、敵は常に大軍に見える」というものがありますが、社員にとってみれば、身一つでありながらこれほどの大軍は社長以外に存在しないのです。その絶対権限の禅譲を約束されているのが後継者、なのです。後継者はまずこのことをきちんと認識しておかなければなりません。
私共は、「経営者は“聖職者”でなければならない」とお話しています。聖職者とは、「人を教え導く神聖な職に就く人」を指します。一般的には神官や僧侶、広義にはお医者様や学校の先生などと言われていますが、殺生与奪の権を持つ経営者ほど「我こそは聖職者なり」の心構えが必要な存在はいません。後継者とて同じこと。例え相手が年上であっても、経験豊かな人であっても「我が子と同じ」。自らが欠乏欲求の満たされていない後継者の方には少々酷な話かもしれませんが、この肚括り(はらぐくり)は絶対に必要です。
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