2007年5月の日経新聞の「私の履歴書」は、映画監督で脚本家の新藤兼人氏でした。「私の履歴書」は私の大好きなコーナーの一つで、毎回楽しみにしています。
さてその中で、映画監督の溝口健二氏の演出方法に関するエピソードが紹介されていました。シリーズの第7回の記事になります。今では知らない人も多いかもしれませんが、溝口氏といえば、戦前に「浪華悲歌(なにわエレジー)」や「祇園の姉妹」等を作り、日本映画に初めてリアリズムをもたらしたと評される名監督です。
少し長い引用になりますが、溝口監督の演出を垣間見ることができますので、記事を抜粋して紹介します。
「溝口健二の演出方法は他の新興の監督とは違っていた。カメラをロングに据え、カットを細かく割らないで、たいていの場面がワンカットで終わった。そのため、俳優には過酷な演技が要求された。延々とテストが行われ、一日中テストばかりでカメラを回さない日もあった。」
「テストの繰り返しに俳優が堪りかね、「先生、実際どうやったらいいか教えてください」と反発した。溝口健二の演出は具体的な動きを示さず「反射してください」の一点張りだった。俳優の反発を聞いた溝口は、顔を紅潮させて眼鏡を光らせ、「ぼくは役者ではないから、演技をやってみせることはできません。あなたは俳優としてカネをもらっているのだから、やるべき仕事をやって私に答えなさい」たたきつけるような鋭い言葉でやり返すのだった。わたしはそばで見ていて、なんという傲慢な奴だと思った。おのれは監督なんだから教えるべきではないか。
撮影されたフィルムは一週間ぐらいでラッシュフィルム(検討用・編集用のポジフィルム)となって現場へ返ってくる。わたしはそのフィルムが映写されると、脳天をカナヅチで打たれた如く愕然とした。そこに映し出されたものはお芝居ではなく実際の人物の動きだった。俳優が生きた人間として生き生きとフィルムの中で生きていた。」
日経新聞「私の履歴書」2007年5月第7回より引用
この溝口監督の「反射してください」という言葉は、溝口監督独特の表現とのことですが、その意味を新藤氏は「相手の気持ちをしっかりと捉え、捉えた心を相手に返してください」という意味だと説明してくれています。
これを読み、「反射してください」という言葉が私の心にぐっと来ました。我々の仕事においても、「反射してください」という言葉の意味するところは、大変重要な部分だと言えます。
いくら知識が豊富で勉強熱心であっても、それだけでは良いサービスや商品は提供できません。個々のお客様との対話の中で、お客様の状態、考え方、哲学などを斟酌し、お客様の基盤の上で自らの知識をどう活かし、知恵として活用するのかについてを、ケースバイケースで考えていかなければなりません。それは、マニュアルでは表せない領域で、まさに「反射してください」という言葉そのものだと感じています。
頭の中だけの知識や表面的な対応では、相手の気持ちをしっかりと捉え、捉えた心を相手に返すことはできません。その場に応じた対応、対話、行動が常に要求されるのではないでしょうか。
私達も一日の行動を振り返り、今日はお客様に反射できたのかどうかを確認し、明日への糧にしてみてはいかがでしょうか。
「反射してください」。大変いい言葉だと思います。
名南経営センターグループ 代表
税理士・不動産鑑定士・CFP 佐藤澄男
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